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西荻窪の整体師たけちゃんの福朗日記

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福朗散歩~新座・野火止~平林寺②

中断した新座散歩日記。季節が変わりすぎぬうちに。


平林寺。
総門を入り、振り向くと、うっそうとした竹林が何とも言えぬ風情を醸し出します。
IMGP6966.jpg

仁王像のある山門の建立は1664年。
P3081048.jpg
秋山小兵衛と波切八郎の待ち合わせ場所がこの山門前でした。

『 藁ぶき屋根の平林寺・山門の前へ立ったとき、あたりは、いよいよ明るみを
たたえてきて、鬱蒼とした樹林に小鳥がさえずりはじめた 』

『 山門から、十人ほどの托鉢僧があらわれ、整然と川越街道の方へ去って行く 』

ん~、小説そのままの雰囲気だなぁ。

物語では結局、相手の波切八郎はこのとき現れませんでした。
以降のお話は剣客商売番外編・黒白(こくびゃく)をぜひどうぞ。


山門と同時期に造られた仏殿。
簡素ながらも堂々とした存在感。人々を引きつけます。
P3081051.jpg

秋山小兵衛が『 江戸にはない趣のある寺だ 』と言うとおり、
東京にも、京都にも鎌倉にも無い独特の雰囲気です。
それは約56ヘクタールという広い寺領に残されているクヌギ、コナラなどの
貴重な雑木林のせいでもあるのでしょうか。
IMGP6994.jpg
平林寺境内の雑木林は国指定の天然記念物。野鳥や野生動物も多くいます。
あっ、アオゲラ発見!大型のキツツキです☆
IMGP6976.jpg
池にはオシドリ夫婦。
IMGP6972.jpg

思わぬ出会い、とはこの事でしょうか。
武田信玄公次女・見性院のお墓(供養塔)がありました☆
P3081023.jpg
武田関連の歴史が出ちゃったら、書かずにはいられません(笑)。

見性院は信玄公旗下の有力武将にして武田一族の穴山梅雪(信君)に嫁ぎます。
主家を裏切り徳川家康に接近した梅雪は武田家滅亡後に武田宗家を継ぎますが、
本能寺の変後に逃走中を襲われ死去。

以後、徳川家康は敵であった武田家の遺臣を多く召し抱え、この見性院も
手厚く保護したのです。

2代将軍・徳川秀忠は自分が侍女に生ませた幸松という男子を見性院に預け、
養育させます。
やがて幸松は、元武田家臣で“槍弾正”の異名をとった保科正俊の保科家を継ぎ、
「保科正之」となって会津藩初代藩主に。

“徳川家へ絶対の忠誠を”家訓に掲げた会津藩。
時は下って幕末、迫り来る薩長軍に対して最後まで“徳川のために”抵抗を
続け、白虎隊の悲劇などを生むこの藩の精神は、武田見性院の、ひいては
甲斐武田家の家風を受け継ぐものだったのかも知れません。

どういった所以で平林寺に見性院の供養塔があるのかは分からないけど、
江戸幕府老中の信綱が平林寺を新座へ移築した(元々は岩槻にあったそう)
ことを考えると、見性院を慕う幕府関係者がここへ建立したのでしょうね。


梅に囲まれた鐘楼。突いてみたくなるんだよね^^
P3081035.jpg
その下の苔むした地面ではヤマガラが土をほじくって
苔をくわえ、どこかへ運んでいきます。
巣作りが始まったようですね☆
IMGP7015.jpg

野火止用水、平林寺。
古き良き武蔵野を堪能しました☆


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